[神峯園] ブルーベリーDiary
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海田幼稚園ブルーベリー植樹

 11月11日、安芸郡海田町の海田幼稚園にブルーベリーを植えに行ってきました。
理事長の三宅さんは何度も大崎上島へ来られたことがありますが、すっかり島を気に入っていただいて、そのシンボルであるブルーベリーを植えて、園児達に摘み取りをさせてやりたいと思いたたれました。土地は三宅さんの私有地ですが、かなり変則的で7m×100mの細長い土地でした。


 1列に41本のラビットアイブルーベリーを植え終わって、再来年の収穫が楽しみです。
 http://www.shinpoen.com/step_blog/archive_148.htm 
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奄美大島訪問記

 10月17・18・19日の3日間、高校時代の同級生で3年前に奄美大島に移住した高野夫妻を訪問してきました。彼らは奄美大島の南端の瀬戸内町に家を建て、悠々自適の老後を楽しんでいました。右の建物が本宅で、左はゲストハウス、島外からのお客さんはゲストハウスに宿泊して自由に生活することができます。勿論、私達もゲストハウスに宿泊ということになりました。


 ゲストハウスの前はすぐ入江になっています。瀬戸内町というだけあって、瀬戸内海の景観にそっくり。大崎上島のどこかから眺めた景観と言ってもおかしくない雰囲気です。


 高野夫妻が地元の農家から借りて栽培しているタンカンの畑。できればブルーベリーも植えてみたいと言っていたのですが、冬でも摂氏8°以下にはならないとのことで、休眠要求温度を満足させることができないので、ちょっと難しいとの判断でした。ラビットアイブルーベリーの休眠要求温度は、摂氏7°以下の温度が積算で300時間以上必要ということになっています。これを満足しないと花芽が着きません。
 南部ハイブッシュブルーベリーの中には適当な品種があるかも知れません。後日調べて連絡することにしました。


 地元の農家が栽培しているパイナップルの畑です。いかにも南国に来たという感じがします。


 瀬戸内町の山の展望台から望んだ風景です。ほんと、瀬戸内海みたいですね。


 2日目の午前中は、島巡りをして、昼食を廃校になった小学校でとりました。
奄美大島も、かっては20万人以上の人口があったそうですが、今は7万人とか、大崎上島もそうですが、過疎が進んで人口が1/3以下になってしまっています。


 東シナ海に面した海岸です。さすがに外洋に浮かぶ島だけあって、瀬戸内町のような内海は一部で、太平洋と東シナ海に面した海岸がほとんどです。


 午後は、ボートで魚釣りに連れていってもらいました。途中珊瑚礁の群落もあって、海水の透明度も抜群でした。さて、どんな魚が釣れるものやら。


 釣果は結局2時間余りで5匹。私が3匹で高野が2匹でした。高野はボートを操縦しながらだったので、ほとんど竿を使うことができなかったのですが、短い時間で2匹とはさすがでした。


 釣った魚はから揚げにして、その日の夕食に。ご近所の集落の方々も招待して酒盛りです。いい加減食べて飲んだ後、倉庫に移動してカラオケ大会とあいなりました。


 http://www.shinpoen.com/step_blog/archive_147.htm 
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「先輩からの手紙」
 母校の都立立川高校紫芳会事務局から、「先輩からの手紙」という題で原稿を書いてくれとの依頼を受けました。高校生を対象にして、どんな文章を書けば良いのか、悩みましたが、自分の高校時代を思い出して書けば良いのだと解釈して、44年前を振り返りながら書いてみました。書きながら、もう一度自分が高校生に還ったような気がして、結構楽しませてもらいました。

以下がその全文です。

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"21世紀は「農」の時代"

 東京農工大学農学部農学科卒業
 農事組合法人神峯園
 代表理事 横本正樹(高20期)

<農を志す>

 子供の頃から本を読むことが好きでした。絵本や幼年クラブなどの雑誌を始めとして、小学校5年生の時に少年マガジン、翌年少年サンデーが発刊され、週刊誌であったため小遣いの範囲では買うことができず、友達の所へ行っては読んだ思い出があります。少年少女世界文学全集や伝記全集なども小学校の頃にすべて読んでしまい、6年生の時には原稿用紙30枚ほどの小説を書いて、近所の子供たちに読んで聞かせたこともありました。
 中学校の時は、在学中に図書室の蔵書すべてを読破する目標を立てましたが、2/3ほどで卒業することになってしまいました。
 高校の頃は、仲間と回覧雑誌を立ち上げ2篇の小説と、いくつかの詩を発表したりして、将来文学への道を志すことに迷いはありませんでした。小林秀雄に心酔していたこともあって、文学部は仏文、そして大学生活4年間は京都で過ごしたかったので京都大学を受けたのですが、この年は大学紛争のため東大入試は中止、京大の志願者が急増したこともあり、あえなく不合格。浪人を余儀なくされました。
 浪人生となって改めて考えたことは、文学をするということはどういうことなんだろうということでした。私達は今現在生きている訳ですが、その生きているということの意味を問うこと、そして死に臨んで従容とそれを受け入れることができることが文学の究極的な目標(当時私はそう思っていたのですが)であるとするなら、私はまだ十分に自分の人生を味わい尽くしていない。小説を書くことよりも、まず人生を味わい、そこから解答を得ることの方が先なのではないか。それでも文学が私のあとをついて来るなら良いし、ついてこないのならそれもまた良いではないか。
 ヴェルレーヌは、「選ばれたる者の恍惚と不安と我にあり」と述べました。聞きようによっては、随分傲慢な言葉なのですが、私もまた「選ばれたる者」の自覚があって、そうである以上、出来うる限りの試練を自分に与えてそれを乗り越え、自分が「選ばれたる者」であることを証明しなければならない、と考えていました。「艱難汝を玉にする」という訳です。そうなると、普通に会社に勤めてサラリーマンになるという選択枝は、はなからありえません。徒手空拳で一番底辺から始めて、どれだけの事をなすことができるか、その事が問われていきます。
 そうして私が選んだ職業が農業でした。
考えてみれば、小説家も百姓(この言葉は当時差別語でしたが、差別を無くすためには、言葉狩りをするのではなく、当事者自身が差別語と言われる言葉に新しい意味を与えて差別語にならなくすれば良いと考えていました)も自営業です。人生で与えられた時間を自分で自由に使える代わり、行ったことの結果は全て自己責任の世界です。自然環境や市況・世の中の経済状況に左右される部分は大きいのですが、それらに対して一人で対峙しているという自負があります。(もっともめげそうになったことは何度もありますが)
 要は、人生の主役を常に演じているということですね。小説の世界を創造する代わりに、自分が主役の人生を日々創造しているということになります。

<農業の可能性>

 進学先を農学部に決めた時から、「21世紀は農の時代」になると確信していました。
資本主義の行き着く先は、お金に振り回されて心を失った人々の世界、そして社会主義・共産主義の行き着く先は新しい奴隷制の世界、農の世界はそのどちらにも属しながら、片足を枠外に置いている所があります。人が存在している限り、食糧は必要となりますから、農業が無くなることはないのですが、単に食糧生産という視点から離れて、枠外に置かれた片足の視点から農業を見てみると、様々な可能性をそこに見いだすことができます。
 食糧というと、要はエサのことですよね。エサさえ与えられれば、確かに動物は生きていくことができますが、人間はそれでは生きているとは言えません。私達に必要なのは、エサでは無くて、食べ物なのです。美味しくて、安全で、そして感動を呼ぶ食べ物、それを作るお手伝いをしているのが、私達百姓です。
 食べ物の原点は植物ですが、皆さんは植物がそれを育てる人の思いに応えるということを知っていますか? 植物もまた生き物ですから(植物細胞と動物細胞の違いは、細胞膜と葉緑体を持っているかいないかの違いだけです)愛情には応え、美味しいと言われれば喜び、(花が)美しいと言われれば喜び、もっと褒められよう、もっと期待に応えようと自身を変化させていくようになります。そうでなければ、人が植物を栽培するようになってからこの方、このように多種多様で生産性の高い、味の良い作物に変化してきたことの説明がつきません。科学的には、人による育種の成果とされていますが、植物の内発的な意志がなければ起こり得なかった、と私は考えています。そういう意味では、ダーウィンの進化論は、進化の原因を外部環境への適応という視点からしか捉えていないので、論理に破綻が生じてくるのは当然のことなのです。
 植物から教えられることは、生物の進化の目的(人も例外ではありません)は、より良く・より質高く・より美しくステージを駆け上っていくことだということです。その先に何があるかわかりませんが、昨日より今日、今日より明日と、クオリティーが向上していくことは生きる喜びそのものなのではないでしょうか。
 立川高校を卒業して44年になります。ステージを1段上がるごとに、視野が開け、世界と自分との関連性が理解できるようになり、生きているということの意味を改めて問うことなく、そのまま人生を楽しむことができるようになってきました。百姓に定年はないので、このまま植物達とつきあいながらさらに上のステージを目指していきたいと思っています。

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 http://www.shinpoen.com/step_blog/archive_146.htm 
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9月のウーファー

8月の終わりに1週間の予定でやってきた、田中光平君。山口県の出身ですが、冬場は福井県で杜氏を勤め、春から秋にかけてウーファーで各地を回っているそうです。農業に興味があって、各地の様々な農業のやり方を経験して、将来の参考にしたいと言っていました。
今回、ブルーベリーはほぼ終わっていましたので、今度は春の農作業を経験してみたいとか。
お土産に、彼が製造に携わった日本酒を持ってきてくれましたが、美味しかった。ネットでまた取り寄せてみたいと思っています。
 http://www.shinpoen.com/step_blog/archive_145.htm 
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8月のウーファー

3人の母娘ウーファーの後にやってきたのは、Cleo TABAKIAN。国籍はフランスですが、御両親はアルメニア出身でフランスに亡命(?)してきたそうです。確かアルメニアは旧ソ連に併合されて、ロシアになった今でもロシア領で独立はしていない筈ですが、僅かに記憶に残っていた、アララット山とノアの方舟の伝説を知っていると言ったらとても喜んでいました。ちなみに、アララット山はアルメニア最高峰の山で、旧約聖書でノアが洪水後最初に方舟を着けた地として伝わっています。
 今日のCleoの仕事は、ソースのラベル貼り。その他にも、ジャム作りやブルーベリー摘みなど手伝ってもらいました。
 http://www.shinpoen.com/step_blog/archive_144.htm 
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